下手の横好き日常log

手探りな毎日だけどシンプルに、マイペースに。

買い物は義務か娯楽か、物欲との付き合い方に悩んでいる。

どうもこんにちは。

もうしょうもない物にお金を浪費しないぞと決意したもものみです。

前回の記事はこちら。

hetappinonichijo.hatenablog.com

お金を使うならちゃんと自分が満足できる使い方をしたい!

そんな買い物意識が目覚めてきた今日この頃。

しかしながら私は今までストレスの発散に買い物をしていたような人間です。

うっかりユニクロとかに行ってうっかり試着もしないでブラウス買っちゃったりとかして自己嫌悪に陥っています。

ちょっと時間が空いた

お店でぶらぶらするか

買い物したい

物欲に負ける

という魔のルートが出来上がっています。

いかん、いかん。

このままではいかん。何か対策を考えなくては。

そんなわけで私の今までの傾向から、何かが欲しいというよりもただ買い物という行為がしたいだけなんじゃないかと思ったのです。

それなら必要なものをリスト化して、買い物したくなったらそのリストにあるものを買いに行けばある程度満足出来るのではないかとアタリをつけました。

これなら買い物したい欲も満たされて、必要なものが手に入るはず。

そう思った。

なので実際にそれで運用してみたけども、何だか全然満たされませんでした。

 

必要なものをリスト化すると必要なモノを必要なだけ買うことは出来るけど、なんか物足りない。

例えば

靴下がボロくなってきたので新しく買い替えたい

ユニクロに行く

いつも買ってる目的のものをカゴに入れる

レジでお会計

必需品の買い物としては余計なものは買わないこのシンプルな行動が理想的なはずなのに、何だか味気ない。

これでは買い物したい欲はちっとも満たされない。

楽しくないのは何でか。

思うに私が買い物に求めている楽しい時間は、何を買うか特に決めずに「何かいいものはないかなー?」って商品を見て回って、いい感じのものを購入するっていう気ままな時間のことだったんですよ。

これを買わなくてはいけない、これだけ買わなくてはいけないっていう義務的な時間にしちゃうとちっとも楽しくない。

というより何だかちょっとめんどくさいものにさえ感じてしまう。

必需品のリスト化だけでは何となくお店で商品を眺めている時の開放感とかワクワク感が足りなくてイマイチ満足できず。

 

物欲とうまいこと付き合っていくには「必要なモノを必要なだけ購入すること」と「ワクワクした気持ちを味わいながら商品を選ぶこと」の両立を図る方法を考えなくてはいけません。

当たり前のことを書いているような気がしなくもないですが、これができずにいらんモノをたくさん溜め込んでお金を浪費していたので、真剣に自分と向き合いたいと思います。

 

捨て活で実感したリユース時のモノの価値

こんにちは、断捨離でせっせと使っていないものを手放しているもものみです。

手放していると言っても、今の今まで自分の生活の一部だったモノたちを粗大ゴミに出すのはちょっと抵抗がありまして。

誰か使ってくれる人がいるなら使ってくれる人の元に行った方がいいんじゃないと思い、リユースショップで買い取ってもらっています。

メルカリとかに出した方がお金にはなりそうですが、いかんせん手間がかかって本来の目的である断捨離に支障がありそうなので、手軽に買い取ってもらえる町のリサイクルショップに売ることにしました。

タンスやクローゼットや棚の奥で死蔵していたもの達なので、なくても問題はないモノではあるんですが、一度は自分が欲しいと思って買ったモノたち。私にとっては価値があったはずのモノたち。

実は未使用のままになっていたものもかなりあったので、状態としてはかなり綺麗なものも多かったです。

 

しかし、リユースの現実は残酷というかなんというか。

 

未使用で箱から出していないグラスとか、そのままで飾ってあったものとか、比較的新しいものであっても、私がお金を払って購入した時点でモノって中古になっちゃうんですよね。

買ったときは1500円のグラス(未使用:箱入り)でも、リユース買取は100円。

使っていないにも関わらず1400円はどこかに溶けていってしまいました。

コートもそう。購入したときは10000円。1シーズン着用しましたが特に痛みや汚れはない。買取価格は500円。

9500円分を私は満足に着用できたんだろうか。

可愛くて買った新品で1000円以上はするアクセサリーたちは一律50円ほど。

なんとなく集めてしまった未使用のノートたち。元値およそ100円としても買取価格は5円。それが10冊。

私は何にお金を使ってきたんでしょうかね。

何の為にお金を使ったんでしょうか。

モノの価値というものをまざまざと突きつけられた気がします。

新品購入時の価格というのは、本体にかかっている経費とそれで得られる体験も込み込みの価格のような気がします。

同じお金を出すなら、購入した時の価格以上に価値のある使い方が出来るかどうか、価値ある体験ができるかどうかをもっと検討した方がいい。

 

何にも考えずに欲しいから買ったあの日の私にこの結果を見せつけてやりたい。

それでも買うなら良し。

でもきっとこの買取価格を知ったら買わなかったと思うわ。

それでも欲しいと思うものはきっと売らないで大事にしているはず。

うああああ、大切なお金をどこかに溶かしているというのをめちゃくちゃ実感させられてます。辛。

今後はもう買い物に慎重にならざるを得ない。

 

ちゃんと価値を把握するっていう意味では有意義なことだったかもしれないけど、勉強料がとんでもなく痛手すぎてとても悲しい。

モノもお金ももっと大事にしよう。

趣味=協調性が大切?履歴書を盛って書いて入職後に辛くなった話

こんにちは、万年筆にハマって美文字練習を始めたもものみです。

いい文房具を使うなら綺麗な字が書きたい。

そんな話を文房具沼の住人である我が彼氏にしたところ、彼氏の方が私以上に美文字にハマってしまいました。

ウン十年ぶりにジャポニカ学習帳を購入して、Youtube見ながら美文字の練習をしているようです。

毎日のようにLINEで今日の成果が送られてきます。

まあお互いに共通する好きなことがあるのは楽しいので良き。

 

字を書いたり絵を描いたり、何かを作ったり、本を読んだり、私の趣味は比較的1人でできることが多いです。

みんなでワイワイもいいですがどうしても気を使ってしまうので、1人でできる事の方が自分の世界に没頭できてリフレッシュできます。

根暗っぽいですが、こればっかりは性格というか私自身の性質なので、どんなに環境が変わっても1人の時間は大事にしたい。

 

さてそんな1人の時間がないとおそらくストレスで死んじゃうかもしれない私ですが、「休みの日は友達とお出かけしたり、習い事に出掛けてます。人との交流が大好きです!」みたいな趣味を語っていた時代がありました。

私の中の最悪の黒歴史のひとつ。

まだまだ世間知らずで、先の事が考えられていなかった就活生の頃の話です。

 

就活の際に書く履歴書。あれって趣味の欄があるじゃないですか。

最初素直に自分の趣味を書いて、当時の大学の就職支援課で添削をお願いしたんです。

そこで「趣味は協調性を大事にできる人かどうかを見ているから、人と過ごすことが好きとか書かないと印象が悪いよ」と言われました。

初めての本格的な就職活動だったので、言われるがままにそのように直して、さらには面接でもそんな感じで「人との交流が大好きです」みたいに言っていました。

別に人との交流が嫌いなわけではないんです。

サークルだって楽しいし、買い物先で店員さんと会話するのだってそれなりに楽しい。美容室の雑談だってちっとも苦ではない。

ただ休みの日は自分のペースで自分の時間を使って心身を休めたい。

人との交流と自分の時間はそれぞれ持っていたいし、平日仕事で嫌でも人と交流するのだから休みの日は自分の好きなことに使いたい。

今思えば、協調性をアピールする方法は趣味以外にも色々エピソードがあったし、休日の過ごし方だって趣味以外にもプラスになる伝え方があったはず。

「平日は仲間と課外活動していることが多いので休日は自分の時間を大切にして自己研鑽をするようにしている」とかね。

でも、当時は先のことより今就職することの方が大事だったりしたので、「平日も休日も仲間で活動してますイエーイ!」な自分で売り込んでました。そのほうがいいんだと信じていたし。

本当は陰キャと呼ばれるカテゴリーなのに無理やり陽キャを演じて、それで就職した先は本当に自分には合わなかった。

飲み会は多いし、当時は毎年社員旅行もあったし。

給料が出ない会社の行事に自分の時間がどんどん削られていく。自分のせいとはいえ辛かった。

結局その会社は1年くらいで退職し、今の会社に転職しました。

今の会社は上司も私と同じタイプらしく、飲み会は最低限。同僚とのご飯会は自分の気の合う同僚と気楽に開催。ライフワークバランスはとてもありがたい環境です。

 

本当に今思えばなんですけど、大学の就職支援課からすればとにかく明るくて元気な学生を売り込んで内定を貰えばいいのだからそういうアドバイスになるのは当然かも。

アドバイスが自分には合わなかった時点でアドバイスを求める先を変えればよかった。

あと、今自分が面接をするなら趣味は協調性よりもストレス耐性という意味で見る。

どんな趣味であれ、仕事のストレスを自分で解消する方法を知っているか、趣味を仕事のモチベーションにできるかどうか。

協調性やコミュ力は面接の質疑応答とか気配りとかでちょっとは察しがつく気がするのだか。

 

自分を売り込むなら本来の自分とかけ離れた自分を演じて売り込んでも結局は辛くなるだけだったというお話です。

だから自分の好きなことは、人に迷惑が掛からなければ誰がなんと言おうと好きなことでいいんじゃないかな。

自分が自分らしくいられる時間は大事にしたいし、一緒に働くならそういう時間を持っている人がいいと思う。

 

我が彼氏はその辺りに理解があるのと、共通の趣味があるのとでとても楽しく付き合えて助かっています。

仕事も人も長く付き合うなら趣味が合うかも大事だし、趣味が合わなくてもお互いに干渉しない時間があるって大事だよね。

自分が何が好きか、何を大事にしているか、人の評価を気にして偽るよりも、本当の自分を認めてそれに合う場所や相手を探すことの方が重要です。

それ実感したエピソードを思い出した今日この頃。

次に就活するときはこの失敗をきっちり活かせるようにしたい。

 

暮らしを整えることは筋トレと似ている

気がつけば7月も終わりに差し掛かりました。

え、早い。(でも毎月言ってる気がする)

今月はまだ2記事しか書いてないのに7月が終わってしまう。

まあそうは言っても今月も特に変わり映えなく、毎週のように家の中にあるものを整理しては、手放すものをリサイクルショップに持って行ったりしていました。

3月までは勉強ブログだったのに、すっかり断捨離ブログになっています。

 

ですが、捨て活4ヶ月目にして現在絶賛停滞期です。

毎週のようにあっちを片付けこっちを片付けして、手放すものは大小問わずにせっせとアレコレ手放してきたのに、なんだか変わり映えしない。

こんなにたくさん手放しているのに部屋がガランともしないのはなんでなんだ。解せぬ。

解せぬと思いながらレシートを整理するとその理由がわかりました。

捨ててるけど、買ってもいるんだわ。

いやね、断捨離をして気が付いたんですが、私の部屋はそんなに必要でないものはたくさんあるんだけど、本当は必要なものが足りてないことが結構あった。

それに使いづらくてもまあいいかと放置していたけど「もっとちゃんとしたもの使った方が便利じゃないの?」て思うものもそこそこあった。

キッチンの水切りカゴとか、押入れ収納とか。

今まで使いづらいけどまあいいかで放置していたものとも向き合わざるを得なくなり、買い替えも同時進行で行っていました。

そりゃあ捨ててる割に減ってかないよね。

 

見た目はそんなにスッキリした感はないですが、買い替えのおかげで格段に家事はしやすくなり前よりも頻回に掃除したり料理したりと生活の充実度は上がってきました。

もともとミニマリストになりたくて断捨離してるんじゃなくて、生活を整えたくていらないものを手放しているだけなので、暮らしの質が上がればバンザイです。今までどんだけ雑な生活してたんだか、思い返すとしょっぱい気持ちにもなりますが。

それで、ある時ふと思いました。

これ、なんかに似ている。

いらないものを減らして、いるものを増やす。

そう、筋トレ

体の中のいらない脂肪を減らして、必要な筋肉を増やして、体の質を上げる。

暮らしの中の不要なものを手放して、必要なものを揃えて、生活の質を上げる。

そうか、断捨離は暮らしの筋トレだったのか。

現在の断捨離停滞期は、筋トレで言うところの体重は思ったよりも減っていないけど、体型は変わってきたような気がするという状態に近いんじゃないでしょうかね。

筋肉と体力がついてきたので階段で息が上がらなくなってきた!みたいな。

それならこの停滞期を抜ければ、一気に理想の暮らしに近づくかも。

 

暮らしや身体に限らず、「いらないものを手放して必要なものを揃える」というのは色々なことに共通するシンプルな原則なのかもしれません。

そんなことに気がついた7月の月末。

 

いやー、ブログも久しぶりだと書き方を忘れてしまう。こっちも筋トレと一緒かも。

断捨離したら仕事を辞めたい気持ちになった。これから運気が上がるのかなぁ。

最近断捨離にハマり、お家の整理にのめり込んでいるもものみです。

断捨離を続けていると好転反応と言って、一時的に体調不良になったりメンタルが沈んだりするんだとか。

確かに疲労が溜まって気持ちがどんよりしていた期間があります。

 

hetappinonichijo.hatenablog.com

 

ただ運気が上昇しているとかそういうスピリチュアルなことはあんまり信じていないタイプです。

そもそも断捨離の目的は荷物の整理ですし。

信じていないんですが、それでも最近あんまりにも仕事でゲンナリすることが続いているので「これは好転反応だ、きっとこれからいいことがあるんだ」と好転反応のせいにしないとやってられない気持ちになっています。

そんな良くないことが続いて、ふと「このままここで働いてていいのか?」という気持ちになってしまいました。

今回はそんな話。

 

立て続けに同僚のミスが発覚する

先日、ある後輩の大きなミスがあり、その日の営業ができなくなってしまうかもしれないくらいの危機的状況になりました。

いろんなところに電話をかけて、頭を下げて必死でリカバーに回って、ヘトヘトになってなんとかその日を乗り切ることはできたんです。思い出すだけでも吐きそう。

そんな日の帰り際。

この事態の原因になった張本人に「あーあ、私ボーナス減らされちゃいますかね〜?」なんて呑気に話しかけられた時には二の句が継げない。怒る気力もない。

いろんな人に迷惑かけといて、それより先に言うことがあるんじゃ?

私は職務上の先輩であって、あなたの友達じゃないのよ?

 

私職場の先輩として舐められているんでしょうか。

 

そしてさらに別の日に別の同僚。

今度は業務提携している会社の担当さんから電話がありました。

私はその仕事は担当じゃないんですよ。でもなぜか私宛にお電話が。

「もものみさん、実はこんなことがありまして、詳細わかれば教えて欲しいんですが」と。

完全にこちらのミスがあったことがわかって私が電話で平謝り。

本来の担当に話を聞いたところ謝罪の言葉はなく「その確認はしなきゃいけなかったんですか?」と言われて頭を抱えました。

ちょっと待ってよ、その確認をせずにあなたは責任を持って仕事をしたと言えるんですか?

話を聞こうにも「でも、でも、だって」を繰り返す始末。

人間誰しもミスはあります。

ですが、あまりに反省していない態度。

これはまた繰り返すし、その度にまた周りが巻き込まれて私が尻拭いに奔走することになりそう。

上司にはことのあらましは全て報告、相談しているんですが、人手不足が深刻ゆえにすぐにどうこう出来ないらしいです。

 

他人を育てるor自分を育てる?

そんなことが続くと頭に浮かんでくるんですよね。

「私、このままここで働いていていいの?」と。

この自分の仕事を省みることのない人達を育てるよりも、自分が新しい環境に移って新しい仕事を覚える方が遥かにストレスは少ないんじゃないかな。

他人を変えようとするより自分が変わろうとする方が遥かに簡単だと思うのは、思い上がりでしょうか。

 

きっと今は運気が悪くなっているだけだと思いたい

この職場はもう辞めたい。

そうは思っても辞表を叩きつけて「もう明日から来ませんから!!!」なんて言うわけにもいかない。

遠くない将来に辞めることにするとしても、しばらくはここで働き続けなくちゃいけない。

だから今は運が悪くなっているだけなんだ。

きっと、きっとこれから良い事がいっぱい起こってくれるんだ。

そう思わないと仕事に行くのが本当に辛いです。

電話が鳴るたび、何か起こるんじゃないかとビクビクしてる。

 

そもそも好転反応という言葉を知ったのもあまりに嫌なことが起こるので、「断捨離って運気が良くなるものじゃなかったっけ?」とGoogleで検索したのがきっかけなんですよね。

今は「この悪運はきっと好転反応のせいなんだ」そういうことにしてせっせとキッチンのシンクをピカピカにしています。

綺麗に片付いた家に幸運が舞い込むというなら、どうか早くこの悪運から抜け出せますように。

 

 

断捨離の効果を実感。モノを手放したことで変化したこと

年明けからぼちぼちと開始した断捨離ですが、ここ最近作業がノリにノッていて毎週のように手放すものをリサイクルショップに売りに行っている、もものみです。

部屋の乱れは心の乱れといいますけども、断捨離はそれを整えていこうっていう試みなのでメンタル的にも変化すると言われています。

実際に断捨離をどんどん進めてみて確かに、確かにメンタルにも結構な変化がありました。

なので今回は私が実際に体験した、断捨離の変遷とモノを手放したことで変化した事をまとめて記録しておきます。

 

断捨離は作業が進むごとに加速していく気がする

というのも断捨離を始めた頃はちっとも捨てられなかったんですよ。

今では信じられませんが、多少不要なものはあれどほとんどが大事なもの、手放せないものだと思っていたんです。

だから断捨離1周目では多少片付いたような気がするけど、全然モノが多い状態でした。

でも断捨離を進めていくうちに、1ヶ所片付き2ヶ所片付き・・・。

そうして片付けが進んでいくと「やっぱりこれは使っていないしおそらく今後も使わないから手放そう」という意識が湧いてきます。

ちょっとずつ感覚が研ぎ澄まされてくるとでも言うんでしょうか。

クローゼットの整理も1回目ではほとんど手放せなかったのに、2回目になると「これはモノを持ちすぎている」ということに気が付き始め、やっぱり手放そうという気持ちが湧いてきました。

その結果1周目では手放せなかったブラウスを2周目ではあっさり手放せたり。

 

要らないものにたくさんのお金を使ってきたことに気がつく

家にあるものは誰かが持ってきてくれたものでもなんでもなくて、自分が必要だと思って買い揃えたモノです。

それが大量に不要物になっているという現実に直面しました。中にはなんで買ったのか思い出せないものもたくさん。

買ったシュチュエーションを思い返すと否が応でも自分の買い物の悪癖と向き合うことになりました。

私の場合、必要だから買うというより買い物したいから買うという「モノを買う快感を得たいが為の買い物」が非常に多かった。

だからストレスが溜まってむしゃくしゃしているときは無駄な買い物をしやすいです。

あと「使わないかもしれないけど持っていればとりあえずは安心できる」モノたち。

必要なモノを買っているわけではないので、断捨離をするとなるとほとんどが手放すモノとなってしまう。

捨てる時の罪悪感がやばいです。

私は何をやっているのか・・・。

特にコロナ禍ではフラストレーションが溜まりに溜まっていたようで、大量の「いつか使うかもしれないよくわからない不用品」を大量に溜め込んでしまっていました。そのツケがこの断捨離に現れています。

必死で働いて得たお金を私は何に使っているんだろう。

今回の断捨離でそんな無駄使い癖も一緒に手放します。

 

そしてモノを買うことに慎重になる

自分がいかに無駄な買い物をしていたのかに直面して、買い物の仕方を見直し慎重にモノを買うようになりました。

欲しいと思ってもAmazonで即買いするのはやめて、一旦保留して冷静になってからちゃんと吟味して購入する。

あとは人に相談してみると意外と冷静になれて無駄遣いしなくなる気がします。

今後の買い物のスローガンは「最小限のモノで最大限の満足感を得る」こと。

要るような気がするからと反射的に買うのはやめて、ちゃんと吟味して1番幸福感を得られる買い物をしたいと思います。

 

 

モノが減ると汚れが目立つ

私結構なズボラであることは自覚していまして。

あんまりマメではないんですよ。掃除も定期的にやるというよりも「汚れが目立ってきたな、そろそろ掃除すっか」というかんじ。

最近自覚しましたが、この「汚れが目立ってきた」という感覚は麻痺しやすいです。

結構汚れているのに「まだキレイだから大丈夫」という全然大丈夫じゃない感覚を持ってしまいます。

で、断捨離で感覚がちょっと研ぎ澄まされてきた結果、「げ!めっちゃ汚れてるじゃん!」ということに気が付きました。お恥ずかし限り。

そしてめちゃくちゃキッチンシンクを磨きました。メラミンスポンジとクレンザーは最強。

 

これは好転反応なのか?メンタルの不調

断捨離すると部屋がスッキリ!気持ちもスッキリ!みたいなイメージが強かったんですが、実は最初はそんなこともなかったんです。

なんでか大型の棚やら大物を手放し始めたあたりからメンタルの不調を感じるようになりました。

仕事に行ってもやる気が出ない。なんでこんなにずっと疲労感を感じているんだろう?

そんなに忙しくないのになんでこんなに気持ちが落ち込むんだろう?

3週間くらいそんな感じの日が続きました。

あとで知りましたが、断捨離には好転反応と呼ばれるものがあり一時的に不調に見舞われることがあるそうです。

そんなスピリチュアルなこと当てになるかーとか思っていましたが、実はちゃんと根拠があるようで。

というのも断捨離って今まで収納の奥に眠らせて見て見ぬふりをしていたモノたちと向き合ってその処遇を決めることです。

今まで向き合ってこなかった事に目を向けるのって結構な気力が要ります。本当に疲れた。

さらには手放すと決めたものはゴミに出したり、リサイクルショップに売りに行ったり。こちらも意外と体力と時間を使うもの。

全体的にかなりのエネルギーを使う作業の連続だったようで、気づかないうちに疲労を溜めていたみたいです。

おそらくその辺りが原因になっているメンタル不調が続きました。

風水とかスピリチュアルな部分の好転反応もあるらしいですが、その辺は因果関係を証明できないのでなんとも言えず。

ただ最近は部屋の汚れを見つけるたびに「汚れを見て見ぬふりをして幸運が舞い込むわけが無い」と以前よりもこまめに掃除をするようになりました。モノが少ないと掃除もしやすいですし。まあこの辺りは気持ちの問題です。

今回の断捨離の目的は「荷物を整理して管理しやすいシンプルな部屋にすること」なので運気の好転に関してはわかりませんが、暮らしやすさという意味ではちゃんと好転しています。

 

まとめ

というわけで、断捨離を通じて感じたメンタルの大きな変化でした。

小さい変化はまだまだあります。

お金の無駄が多過ぎたから自炊の割合をもっと増やそうとか。

もっと自分の為の時間を効率的に使えるようにバレットジャーナルを研究してみようとか。

ヨガマットを敷くスペースが広くなったからストレッチを始めてみようとか。

丁寧な暮らしにはまだまだ程遠くとも、気持ちの上でスッキリした暮らしには少しずつ近づいてきたんじゃないかな。

自分の部屋に帰ると感じる閉塞感から脱却したく始めた断捨離ですが、思った以上に効果は出ている気がします。

とはいえ見直すべきところはまだ沢山あるので、まだまだ断捨離は続きますけども。

 

 

久しぶりに美文字の練習を

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昨日に引き続き字を書く話。

文房具沼の住人である我が彼氏に影響されて万年筆を手に入れてから美文字欲がふつふつと湧いてきました。

かっこいい万年筆に似合う美文字を書きたい。

文字は人に読んでもらうためのものですが、今回は完全に自分のために書く字です。

 

仕事終わりに本屋さんに寄りまして、練習帳を購入しました。

私が選んだのは『美しい文字で心がやすらぐペン字練習帳』770円税込です。

他にもたくさんペン字練習帳が並んでいましたが、いくつかパラパラめくってみてコレに決定。

これにした理由としては、文字一つ一つの練習の割合よりも一連の言葉を書く割合が多いところ。

以前にペン字講座を受けたことがあるので、書き方の基本はもういいかなって。

後半に美しく書くポイントとして少し基本の書き方のページはあります。般若心経も載っていてバラエティ豊かです。

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これは前向きになれる言葉の章。

万年筆は水性インクなのでボールペンよりも乾くのが遅いです。

私は右利きなので、左から書かないと右手がインクまみれになります。

うーん、ペン字習ってたはずなんだけども自分の書く文字に納得いかない。他人の書く字はめちゃめちゃ綺麗に見えるのに自分の書く字は全く綺麗に見えないのはなんでなんでしょう。

いまだに昔ペン字習ってましたって胸はって言えない。

あと真っ直ぐ書くのは難しい。

うーんうーんどうしたらお手本のように綺麗な字が書けるんだ。

そんなこんなで字を書くことに集中して、無心でペンを動かしていれば心のモヤモヤは一旦落ち着くような気がします。

お手本と自分の文字に集中すればいいだけの時間。

たまにふとこの時間が欲しくなってペン字練習帳を購入しています。

ちなみにこの本の隣に売られていた『鉛筆で楽しむ源氏物語』(ってタイトルだったような気がするけど)という鉛筆で書くタイプの練習帳も気になるところ。

とりあえずこの練習帳を楽しみ尽くしたら次に買うかどうか考えたい。

そして多分その時は専用の鉛筆なんかも購入してしまいそうな予感がする。